龍馬の死後、下関に滞在していたおり、お龍は一時期、櫻山招魂社の運営のために設けられた「あけぼの」という茶屋で、橙の実を短銃で撃ったり、一晩中飲み明かしたりして過ごしていたといいます。この間、お龍は櫻山招魂場に祀られた人々への想いを、詠んでいます。
「武士の かばねはここに櫻山 花は散れども 名こそ止むれ」